O様邸
思わず深呼吸したくなるような、のどかな景色が広がる駿河区小坂。中心街から車で20分足らずという利便性のいいエリアですが、田舎暮らしという言葉がよく似合います。今回は、ここで10代にわたり農業を営むOさんご夫婦をたずねました。
ご夫婦が住まわれるのは、今年でおよそ築130年を迎える古民家です。明治に建てられたものですが、昭和に入り、母屋に隣接するかたちで離れを建築。両空間を行き来するためには、いったん外に出る必要がありました。
そんな古民家をリノベーションしたのは2008年のこと。ご夫婦が住まいに求めたのは、家族のつながりと、歴史を紡ぐことでした。
Oさんご夫婦は、当初建て替えも視野に入れていたといいます。なにしろ築100年以上の農家の住まい。
農作業を中心につくられた間取りのため、外からアクセスしやすいよう至るところに土間が通り、居室と居室の移動の際は外履きに履き替える必要がありました。くわえて、トイレは外付けです。建て替えたほうがは早いかもしれない…。
しかし、大黒柱を見てご主人は思ったといいます。「この柱をなくすなんて、もったいないな。この家の歴史を、次の世代にも残していかないと」。
残せるものは残していこう!そう決めて、リノベーション計画に乗り出したのでした。
Oさんご夫婦がまずこだわったのは、土間の先にそびえる、太く立派な松でできた「大梁」を生かすこと。
天井板を外して空間をつくり、梁の存在を際立たせました。天井の塗装には弾性のある塗装を使い、できるだけメンテナンスフリーにできる工夫もほどこしました。
たしかに、Oさん邸に一歩足を踏み入れたとき、最初に目に入ったのがこの大梁です。思わず「わあ…」という声が取材陣から漏れました。なんて力強くて美しい木なんだろう。同時に、包み込むような不思議なやさしさも感じたのでした。
そして、広い土間の一部は無垢フローリングに変更し、リビングへの動線を確保。板材は梁の色にあわせて材料を選び、塗装をほどこすという徹底ぶりです。
また、高さのあった上がり框(あがりかまち)には無垢材のステップをつけ、楽に昇降できるようにしたのもポイントです。
もともとO さん邸の居間は玄関の土間続きにあったため、プライベートの確保が難しかったといいます。
「土間と居間はのれんだけで仕切った状態でしたので、お客さんが来ると居間が丸み見えに。外の方とのコミュニケーションは取りやすかったですが、プライベート空間の必要性は感じていました。家族が安心してリラックスできるリビングが、ずっとほしかったですね」
Oさんご夫婦がリノベーションをしようと決めたのは、息子さんの結婚もきっかけでした。この家で同居し、いずれお孫さんと暮らすイメージをしていたご夫婦にとって、リビングは安心できる場所である必要があったのです。
プライバシーを守るためにおこなったのは、LDKへの動線に造作壁をもうけることでした。LDKにこだまする声を家のどこにいても感じられよう、天井との間に隙間をもうけ、あえて開放感を残したのもポイントです。
「家族の笑い声は、幸せの象徴ですよね。ここで孫と過ごす時間が、いまはなにより楽しいです」とご夫妻は話します。
また、居間と台所をつなげてLDKにしたことで、奥様の家事は断然スムーズに。「もともと台所も土間続きにあったので、食事を居間に運ぶためには段差を越える必要がありました。いまは動線が一続きになってラクチンです」
6畳だった居間は、なんと16.3畳のLDKに!O さんご夫婦、長男ご夫婦、小学生のお孫さん2人がのびのびと過ごせる広さになりました。ご家族で囲む食卓の楽しい様子が目に浮かびます。
また、LDKの天井も梁を見せ、古民家の良さを最大限に生かしました。白い壁とのコントラストが美しく、思わず見とれてしまう取材陣。
内装やインテリアにもこだわりました。テレビボードは間取りに合わせて造作し、レンガを採用してモダンな雰囲気に。ステンドガラスのペンダントが、あたたかな空気をつくり上げています。
ちなみにLDKの入り口の引き戸は、ハレノヒ住まいのオリジナル造作。新しい素材ではありますが、Oさん邸にしっくり馴染みます。
Oさん邸では、ほとんどのカウンターや建具、家具を造作しています。たとえば、こちらの洗面ボウルが取り付けられたカウンター。木の形状をそのまま生かし、ゆるいカーブを描いているところがポイントです。見ていると、ついつい触りたくなってきます。
こちらは、母屋と離れをつなげた箇所です。もともと別々の建物だったとは思えないつくりになっています。
「靴を履き替えて移動しなければならなかったのが不便でしたが、いまは一続きになってすごく便利。冬の寒い日も安心です。リノベーション前は、とても寒かったですから」とご主人。
ちなみに、農作業で汚れた体でも出入りできるように、この先にもうひとつ玄関をもうけているところもポイントです。古民家ならではの良さを生かした設計が光ります。
「住み心地ですか、それはもう、最高です。家族が一体となって過ごせる場所が、リノベーションしてからようやくできたように感じます。家族が集い、笑い声が響きあう。それが幸せの原点ですから」
そう頬を緩めて話すご夫妻。いまの暮らしにとても満足している様子を見ていると、こちらも幸せな気分になってきます。
「それと、この家の良さをちゃんと生かせたこともうれしいです。リノベーションしてから10年以上経ちますが、いまでも梁を眺めていると、感慨深い気持ちになるんですよ」
壊して新しいものをつくったほうが、きっと簡単だったことでしょう。しかし、あえて古いものを生かすことで、そこに流れる空気は、何かあたたかいものに包まれているように感じます。O さん一家ならではの、幸せのかたちを垣間見た取材となりました。
家内の親戚がシダ住建(現ハレノヒ住まい)でリノベーションをおこない、その家を見て「素敵だな、いいなあ…」と思ったのがきっかけです。とくに、リビングの天井板を外して見せた梁が美しく、しばらくその光景が目に焼き付いて離れませんでした。
聞けば、数年前にも同社でアパートを建築したとのこと。二度も家づくりを依頼するのならよほど信頼できる会社だと思い、さっそく相談してみたのです。我が家は100年以上経っている家。耐震面でも不安がありましたが、できるだけ柱や梁は残したいというのが私たちの希望でした。話しを進めるなか、その想いをしっかり受け止めてくださる人たちだと分かったので、「この人たちと一緒につくろう!」と決め、正式に依頼しました。
設計図が残っていないなかでのリノベーションでした。そのため壁を剥がしてみて初めて分かることが多く、課題が浮上することもしばしば。その都度設計し直し、工事の段取りを組む大変さは素人でも分かりました。それでもあきらめずに、いろいろ提案してくださる姿勢がうれしかった。古民家への情熱と、私たちへの真摯な気持ちを感じました。
また、家に続く道路は重機の通れない細い道でしたので、大工さんをはじめ工事に関わってくれた方々の手間や苦労は倍以上だったかと思います。とくに瓦屋根を金属屋根に交換する際は、土や瓦を人力で下ろさなければならず…。みなさんの仕事ぶりに感動しましたね。
リノベーションしてから13年が経ちました。昔の写真を見ると、「リビングが狭いなあ」とか「靴の脱ぎ履きが大変だったなあ」など当時の記憶がよみがえると同時に、今の暮らしにどれほど満たされているのかを再認識します。
そして、志田さんとは当時と変わらない親密さでお付き合いを続けられていることも、とてもうれしく思います。先日、リノベーションしなかった古い居室の電気に不具合が生じたので志田さんに連絡したところ、すぐに駆けつけてくれ、工事でお世話になった電気屋さんを手配しもらいました。
困ったときに気軽に助けを求められ、それに応えていただけるのは、お互いの人柄をよく分かっているからだと思います。この信頼関係が、暮らしの安心につながっています。